TOP > Hill Walk> 東北の山旅-7 

東北の山旅 2004.08.07-14

東北の山旅 七日目

鳥海山 標高2236m
日本海から立ち上がる変化に富んだ秀麗な峰

2004.08.13(金)快晴
コース
鉾立登山口〜外輪山コース〜千蛇谷雪渓〜展望台〜酒田鶴岡R112〜道の駅「月山」

早朝5時に覚醒。朝焼けに染まる鳥海山を眺めながら菓子パンと珈琲の朝食を摂る。

すばらしい快晴に恵まれたことに感謝した。山頂まで5時間コースとなる。登山道を徐に登り始める。最初は整地された石畳の道。緩やかな登山道をゆっくり辿っていった。少しも苦しくなかった。身体が山に馴染んでいたのだろう。登り始めて1時間半で六合目賽の河原に着いた。斜面に咲いたニッコーキスゲが風に揺れていた。ここで小休止。標識を囲む石の隙間に小さな動物が現れた。「オコジョ」だった。すばやくカメラを構えてパチリ。三枚目を撮ろうと寄ったらたちまち逃げられた。オコジョは名前はかわいいけれど立派に肉食動物なのだ。 やがて御浜に着く。水を宿した鳥ノ海火口が見えた。周囲を取り巻くように盛り上がった丘のような小山が幾つか見えた。なだらかな稜線ではあるけれど、鳥海山噴火の烈しい名残りの跡だ。幾人かの登山者が御浜に向けてシャッターを切っていた。御田ヶ原は風の通り道のようで小石の塊と短い丈の草群が塊状となって団子のようにあちこちに点在していた。激しい風と雪が日本海から押し寄せ、氷結を繰り返して生成されたた砂礫の山があちこちに広がっていた。御浜からここまでの一帯は鳥海山を代表する植物群が多いとガイドにあった。既に花の季節は終わり涼しい初秋の風が吹き抜けていた。

標高1800m七五三掛けから道は二つに分岐する。今日は天気がいいから外輪コースが一望だとの声が近くで聞こえた。その言葉に誘われ迷うことなく右外輪コースを取り梯子を登った。外輪コースを満喫しながらや伏拝岳2130m、行者岳2159mを経て七高山2229mに着いた。噴火の傷跡生々しい山頂はゴツゴツと尖った岩が折り重なるように堆積していた。眼下には岩に挟まれるように赤い屋根の大物忌神社社屋が見えた。下り上り返した新山2236mが鳥海山頂だ。1801年の噴火で誕生した新山がすぐ目の前に在った。まるで石の鎧をまとったように尖っていた。視界一望だった。日本海に沿って視線を移していくと男鹿半島が遠く微かに見えた。山頂は記念の野点というわけにはいかない狭さ。人が次々に押し寄せてくる。大物忌神社への険しい岩を慎重に降り下山を開始した。神社社屋の狭い隙間を抜け岩畳の長い道を標識を頼りに下って行った。やがて千蛇谷の雪渓が見えてきた。陽射しが当たらない窪地になっているから夏になっても雪が溶けずに残っている。対角線状に移動した。多分、濃霧になれば道迷いに至る場所だ。盛夏になっても残る万年雪は月山、鳥海山ならではのものらしい。シベリアから吹き付ける烈しい季節風と大量の雪がもたらす現象とのことだ。一説によれば氷河の名残りがあるということだ。 やがて往路の御田ヶ原に着いた。ゆっくりと惜しむように往路を辿った。鉾立近くの展望台で往還した山稜を振り仰いだ。眼下に広がる険しく抉れた幾筋もの谷が見えた。酒田から遠望した鳥海山のたおやかさとは違う貌がそこにあった。私の「鳥海山」への旅がようやく終わった。

道の駅「象潟」で汗を流した。昨日と同じように日本海の彼方に沈み始めた夕陽を飽かず眺め「ああ、終わったなあ」と放心した。

食事を終えて山形県酒田に向かった。秋田山形の県境、吹浦を過ぎ鳥海山麓、砂丘地帯を越えると直に酒田市内に入る。海岸線に沿う広いバイパスと大きな松並木は以前と変わらないままに在った。最後に走ってから既に16.7年ほど経過していた。本荘と同じように酒田市街も昔のままではなかった。押し寄せる漣のような小さな変化に浸食されてゆく。気がついたらこんなに遠くまで、それが歳月というものだ。酒田バイパスを抜け、最上川を越えると新庄と鶴岡に向かう道に分岐する。新しくできたバイパス道ではなく鶴岡に向かう赤川沿いの羽州街道を走った。田園の左手彼方に巨大なJUSCOが見えた。画一化でどこの町も同じような景観が作られていくけれど、その場所、地域で生きてる人の言葉は風化しないものだ。東北弁は東北弁としてあり、関西弁は関西弁として生 き続けていく。それでなくては、、。

やがて鶴岡市街に入った。紆余曲折する道を通り抜けルート112(六十里街道)に入った。ここまで来れば一本道。コンビニで夜食を求め、朝日村「月山情報ターミナル」で休憩を取った。月山道の情報がTV画面に刻々と表示されていた。出発以来の好天候がようやく崩れる気配だった。今夜は崖下直下にある道の駅「月山」博物村で車中泊とした。明日は東北の山旅最後の山「月山」1984mが待っている。霧のような小雨が降り始めた。シュラフを抱いてたちまち寝入った。

付 記:2009年藤沢周平全集を読了した。羽黒山、月山、鳥海山を眺め暮らした周平のふるさと鶴岡を偲ばせる物語が幾つも生み出されていた。周平作品を読む旅は楽しいものだった。鶴岡といえば蕎麦の名所「大松庵」がある。通過した時刻が夜であったため立ち寄ることができなかったことが心残り。荒削りの太い蕎麦の素朴な味が忘れられない。蕎麦といえば山形鶴岡「大松庵」に止めを指す。二番目は赤城山麓にある「桑風庵」。今は亡き義父がおいしいと夢中になって食べた蕎麦。元気なうちに今一度連れていってあげればよかったと悔やむことしきり。


inserted by FC2 system